蜀の地を得てから数ヶ月。
君主である劉備は忙しい毎日を送っていた。

そのおかげで、昔なじみの武将たちは勿論、義兄弟の張飛もあまり同じ時間を過ごせず。
ぶつぶつと文句を言いながらも長兄が大好きな末弟は不満に感じていた。

そして、その日はなんとか共に酒を飲み息抜きする約束を取り付けていたのだ。

自らの訓練を終えた張飛は、楽しそうに長兄を出迎えに行った。
それを実に羨ましそうに見ていたのは…趙雲だった。


できれば自分も、敬愛する…君主としてではなく、だが、劉備と共に過ごしたいと思ったが。
劉備が義兄弟と水入らずで過ごす時間を無碍にすることは出来なかった。

趙雲はふ、とひとつ小さくため息をつくと。
修練の後片付けの指示を出した。


しかし、それから十数分後、異常に機嫌の悪そうな張飛が戻ってきた。

「張飛殿?」
趙雲は普段相手の私情に立ち入ることは決してしない人間である。
だが、劉備に関することは聞かずにはいられなかった。

だから、張飛が怒るとわかっていても聞いてしまった。

「劉備殿とご一緒では?」
「あ〜…長兄の奴、政務が早めに終わって散歩行ったっきり帰ってきてねえんだと。
 くそぉ、オレとの約束忘れてんじゃねえだろうなあ?」

無論、張飛も本気ではそんなことは思ってはいまいが。
おそらく今も約束の時間には早いのだろう。

だが、劉備に非がなくとも、会いに行っていないのは辛かったようだ。
張飛自身、子どものわがままのような機嫌の悪さを自覚していたので、それ以上は言わないのだろう。

ふと、思いついたように趙雲は言った。

「…私も劉備殿をお探ししようか?」
「おう、頼むわ。オレも探してくっから。
 長兄見つけたら長兄の部屋で待っててくれや。」

「…了解した。」

長兄の部屋で、という言葉に少し苛立ちを感じたが。

無視することにして。



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(さて…どこに行かれたのか…。)

最初は同じく長い付き合いの簡擁のところへ行ったが、その日は会っていないと言う。
新入りの馬超にも聞いた。だが黙って首を振り、むしろ劉備殿の身に何かあったのかと詰め寄られた。
黄忠に聞くも、朝に挨拶をしたきり会っていないとの事で。
魏延にも聞いたが、あまりに要領の得ない答えで分からず。
馬良に聞いても小声すぎて聞き取れず。

結局求める答えは得られなかった。


残るは最も知っている可能性の高い人間のところ。
おそらく張飛も分かっているだろうが、近付きたくなかったのだろう。
以前なら自分も近寄りたくない男だったが、最近は人が変わったように真面目に軍師らしくなっている。


諸葛亮…孔明のところだ。


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「ああ、劉備様でしたら城の北にある小高い丘に行かれましたよ。」
「そうですか。」

思ったよりあっさりと答えが返ってきたのでどこかほっとする。

「感謝する諸葛亮殿。では…。」

すぐに迎えに行こう、と踵を返す。


すると。

「今日(こんにち)のあの方は…以前とは比べられぬほど美しくなられましたね、趙将軍。

 そうは思いませんか?」

急に声色が変わり、趙雲は驚いて振り向いた。

孔明は、ほう…と以前を彷彿とさせるような吐息をもらし。
視線を恍惚と揺らし、言葉を続けた。



「今に飛び去ってしまいそうに思ってしまいますよ。」


「……………。」

その言葉は、趙雲の胸に言い知れぬ不安を感じさせる。

「それは…どういう…。」
意味だ、問う前に孔明は答えた。


「さあ?分かりませんか、趙将軍?」

答えにならぬ答えを。



それ以上答えず、孔明は書類に視線を戻す。

そして趙雲は追い立てられるような焦りを感じ、城の北へ向かった。


劉備のもとへ。



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全速力で馬を飛ばすと、程なく孔明の言っていた小高い丘にたどり着いた。

(劉備殿…っ。)

丘の上にたどり着くと、劉備の後姿が見えた。


劉備は、長い腕を左右いっぱいに広げて、天を仰いでいた。


(劉備ど……。)


『今に 飛び去って』

「…!!」


天に。



気が付くと、劉備の身体を背中から抱きしめていた。



「し、子竜??!!何すんだよ、いきなり!?」

劉備は面食らって声を裏返した。

だが、君主に対する礼を失していると分かっていても。
離す事は出来なかった。


「おい、子竜?どうしたんだ?」
様子のおかしい趙雲に、劉備は問う。
だが、趙雲は黙ったままだ。

しばらく時間がたつと、その体温も心地よく感じるもので。

劉備は呑気にも

ああ、あの時はおいらが抱きついてたっけなあ。
と、思い出したりもした。


すると。

「…ここに…。」

「あ?」


「……。」


趙雲は何も言えず、また黙る。



「…おいらはここに居るよ、子竜。」

「!」

趙雲は驚いて顔を上げた。

「簡単に行きゃしねえよ。
 せっかくおいら達の家も出来たんだからよ。

 …一緒に、守ろうな。」


多分、この人は笑っただろう。



「さ、帰るぞ。益徳がそろそろキレてんじゃねえか?」
「…そうですね、…戻りましょう。殿。」

いつものように、笑ってくれただろう。


劉備は、趙雲の腕がゆるむとすぐに的盧に跨った。
趙雲は残念に思ったが、安心もした。

抱きしめたままで笑顔を見ていたら、きっと口付けていたから。


「そうだ、子竜。おめえも一緒に飲まねえか?
 おめえなら益徳も承知するぜ?」

「え…。」

ふと、張飛の怒り顔を思い浮かべた。
しかし。

今は張飛の時間を邪魔してでも。

一緒にいたいと思った。


「ありがたく。」


「よっしゃ!決まりだ!」



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その日は、益徳の怒りもそう燃え上がることなく。
あまり強くない酒ではあったが、楽しい時間を過ごした。


趙雲が劉備に泣きついたことは、さすがに秘密にしてくれていた。



そして杯を傾けながら、思った。



まだ、飛ばせない。




いつか飛ぶ日は来るのだとしても。



                                        end


初・蒼天航路小説です。
あーでも前回の曹劉と雰囲気似てますね。
っていうかこういうタイプホントに多いんです、私の話。

もーちょっといちゃらぶなハナシを書けたらなあ…。

ちなみに私は趙雲が蒼天一の美形だと思ってます(笑)
長坂で阿斗くんを懐に縛るコマが一番カッコいい。


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